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それは不思議なことだった
忘れないうちに記します。



現地時間 5月21日 10:45

サンタマリア・デッレ・グラツィエ教会の、かつての食堂へ入る。
与えられた時間は15分。

私は、その絵をとても好きだが、実物を見ることに、大きな期待をしていなかった。


その絵は、

一点透視図法による作品である。

聖人たちの後光を描かないかわりに、キリストの背後の建物の構造が、
後光のように見える。

15世紀の画家の、あまりにも技法に懲りすぎたために、
すぐに剥落し始めるほど、保存状態が悪く、修復を繰り返されている。

とにかく、なにか心に訴えてやまないものを持つ絵。

だけど、ここまで保存状態の悪い絵を、実際に見る価値はあるかねえ、
と少なからず思っていたのは事実であり、それは、そこに足を踏み入れる時も、思っていた。

10:45

私の目に、その壁が入ったのとほぼ同時に、
全く突然にして、何の思いもないままに、
涙がバラバラと零れ落ちた。

感動がこみ上げるとか、咽ぶということなく、
鼻のあたりがぐっと熱くなることもなく。

ただ眼の中に、その中心の人物が入ってきて、
私は空っぽの頭で、感動を覚える暇もなく、
ただ涙だけが止まらず流れ続けていた。

自分で、自分がなぜ泣いているのか、全く分からなかった。



「まことに汝らに告ぐ、汝らのひとり、我を売らん。」


私は、キリスト教徒ではないが、幼稚園がカトリック系だったので、
キリスト様の大ファンだった。
西洋古典絵画を愛するものとして、大人になってからも、
一般的な日本人よりは、聖書にも詳しい。

レオナルド・ダ・ヴィンチを、史上最高の画家だと思っている。

だけど、この涙には、そんな「私」の入る間もなかった。

ただ、涙が流れ続けたのは、不思議な経験だった。


「まことに汝らに告ぐ、汝らのひとり、我を売らん。」

その右手は、頭を撫でるように、左手は、救うように、
常に与えられていた。

そんな考えが浮かんだ時には、もう涙の質は変わっていた。
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【2008/05/23 18:14】 | 絵仕事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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